月影の狩人と黒き獣
畳んどきます
#月影の狩人と黒き獣
森は沈黙していた。
雪に覆われた地面が音を吸い込み、冷気が頬を刺す。
トマーシュは父の背中を追い、静かに獲物を探していた。
地球のこの辺境の森には、野生の獣がわずかに残る。今日の狩りもそのはずだった――
銃声が響いた。
しんとした森に、不意にうめくような声が溶け込む。木立の陰に、それは倒れていた。
黒い、巨大な身体。
狼に似ているが、明らかに違う。
四肢は長く、背中にうっすらと筋肉の隆起がある。
毛並みは艶やかで深く、夜のような色をしていた。
そして、なにより――その顔。
それは獣でありながらも、どこか少年のような、若者のような、そんな美しさを帯びていた。
「父さん、待って。こいつは……」
動かないと思った身体が、びくりと震えた。
生きていた。
父親は眉をひそめた。
「トマーシュ。とどめを刺せ。
こいつは――“半獣”だ。
悪知恵が働く、嫌な生き物だよ⋯」
だがトマーシュは銃を下ろしていた。
なぜだかわからなかった。
ただ、目が離せなかった。
この獣が、自分にとってなにか特別な存在になるような、そんな確信だけがあった。
家に連れ帰ったオデロは、最初は荒れていた。
四つ足で歩き、部屋の隅にうずくまり、トマーシュの手を噛んだこともあった。
けれど傷が癒えるにつれ、その瞳は次第に柔らかさを帯びるようになった。
「おまえ、名前……あるか?」
ある夜、焚き火の前でトマーシュが訊ねると、黒毛の獣はゆっくりと彼を見つめた。
「……オ、デ……ロ」
はじめての言葉だった。
喉から搾り出すようなその音は、名前のように聞こえた。
トマーシュの胸が、かすかに熱くなる。
彼は毎日、言葉を教えた。
水、食べ物、痛い、嬉しい、トマーシュ。
そして「好き」という言葉も。
オデロは無骨な発音で、少しずつ人の言葉を覚えていった。
ある日、トマーシュがオデロの顔に手を伸ばすと、もう彼は逃げなかった。
その毛並みに触れる。
やわらかく、温かく、力強い。
「オデロ……」
彼の名を呼ぶと、獣は小さく鳴いた。
「おまえが、こんなふうになるなんてな……」
トマーシュはもう、知っていた。
これは同情ではない。
彼のなかに芽生えたのは、純粋な――恋だった。畳む
畳んどきます
#月影の狩人と黒き獣
森は沈黙していた。
雪に覆われた地面が音を吸い込み、冷気が頬を刺す。
トマーシュは父の背中を追い、静かに獲物を探していた。
地球のこの辺境の森には、野生の獣がわずかに残る。今日の狩りもそのはずだった――
銃声が響いた。
しんとした森に、不意にうめくような声が溶け込む。木立の陰に、それは倒れていた。
黒い、巨大な身体。
狼に似ているが、明らかに違う。
四肢は長く、背中にうっすらと筋肉の隆起がある。
毛並みは艶やかで深く、夜のような色をしていた。
そして、なにより――その顔。
それは獣でありながらも、どこか少年のような、若者のような、そんな美しさを帯びていた。
「父さん、待って。こいつは……」
動かないと思った身体が、びくりと震えた。
生きていた。
父親は眉をひそめた。
「トマーシュ。とどめを刺せ。
こいつは――“半獣”だ。
悪知恵が働く、嫌な生き物だよ⋯」
だがトマーシュは銃を下ろしていた。
なぜだかわからなかった。
ただ、目が離せなかった。
この獣が、自分にとってなにか特別な存在になるような、そんな確信だけがあった。
家に連れ帰ったオデロは、最初は荒れていた。
四つ足で歩き、部屋の隅にうずくまり、トマーシュの手を噛んだこともあった。
けれど傷が癒えるにつれ、その瞳は次第に柔らかさを帯びるようになった。
「おまえ、名前……あるか?」
ある夜、焚き火の前でトマーシュが訊ねると、黒毛の獣はゆっくりと彼を見つめた。
「……オ、デ……ロ」
はじめての言葉だった。
喉から搾り出すようなその音は、名前のように聞こえた。
トマーシュの胸が、かすかに熱くなる。
彼は毎日、言葉を教えた。
水、食べ物、痛い、嬉しい、トマーシュ。
そして「好き」という言葉も。
オデロは無骨な発音で、少しずつ人の言葉を覚えていった。
ある日、トマーシュがオデロの顔に手を伸ばすと、もう彼は逃げなかった。
その毛並みに触れる。
やわらかく、温かく、力強い。
「オデロ……」
彼の名を呼ぶと、獣は小さく鳴いた。
「おまえが、こんなふうになるなんてな……」
トマーシュはもう、知っていた。
これは同情ではない。
彼のなかに芽生えたのは、純粋な――恋だった。畳む